観光を日本の新たな産業として発展させるにあたり、観光庁の注力している施策のひとつに『地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり』があげられます。
現在「モデル観光地」は全国に14地域ありますが、羅針盤では、2024年から伊勢志摩および周辺地域エリアでガイド育成のお手伝いをしています。
この記事では、本年度研修の修了者の方々から、伊勢志摩の魅力と、これから伊勢志摩のガイドをしてみたい方へのメッセージをお伝えしていただきます。
筆者紹介
長年勤め上げた自動車部品メーカーで、駐在も含めて40ヶ国以上の人々とコミュニケーション経験を培ってきました。
この経験を活かし、感謝の心と共に日本へ訪れる方々のナビゲーターとしての役割を果たし、「日本に来て良かった、伊勢志摩に来て良かった」と思って頂ける様にガイドとしての能力の研鑽に努めています。
伊勢神宮ではここぞという余り知られていない逸話と、共にその魅力を堪能して頂ける様にご案内させて頂きます。
写真は、神宮神域内の「モネの池」と自身で密かに名付けている御池です。

私がインバウンドゲストに伝えたい伊勢志摩の魅力
日本には数多くの美しい場所があります。しかしその中でも、私がインバウンドゲストにぜひ時間をかけて伝えたい場所が、伊勢志摩です。伊勢志摩は、単なる観光地ではありません。私が思う伊勢志摩の魅力を3つのテーマでご紹介させていただきます。
伊勢志摩の魅力①:神を魅了した伊勢志摩と伊勢神宮について
伊勢志摩の中心にある伊勢神宮は、多くの日本人にとって最も特別な神社です。
ここには、日本の皇室の祖神である「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」が祀られています。
天照大御神は、単なる神話上の存在ではありません。
太陽の神であり、生命、秩序、成長を象徴する存在として、日本の国家観や倫理観の根幹に位置づけられてきました。
伊勢の地が選ばれた理由については、清らかな水、豊かな森、海と山が近接する地形など、神が鎮まるにふさわしい環境が揃っていたことは間違いありません。
それ故に、神がこの地を選んだのだという伝説が、今なお信じられています。
伊勢神宮が世界的に見ても特異であり稀有であるのは、「永遠」を目指しながら、「変化」を受け入れてきた点にあります。
社殿はすべて木造で、永久に残るものではありません。
それでも伊勢神宮は、1300年以上にわたって、同じ場所で、同じ形式で、同じ神を祀り続けてきました。
これは、「物」を残すことよりも、精神・技術・思想を次世代に伝えることを重視してきた結果だと思います。
伊勢神宮では、現代で言う「サステナビリティ(持続可能性)」という考え方が、古代から特に精神面において実践されてきたとも言えます。
また伊勢神宮は、「伝統を守る場所」でありながら、同時に改革をし続ける存在です。
ただ同じ形式で建て替えたり、神宝類を作り替えたりしているとはいえ、時代に応じて木材の調達方法や工法、安全対策は微調整されてきました。
変えてはいけないものと、変えるべきものを見極める。
この柔軟性こそが、伊勢神宮が現在まで存続してきた最大の理由です。
また伊勢神宮を語る上で欠かせないのが、「式年遷宮(しきねんせんぐう)」ですが、20年に一度、社殿をすべて新しく造り替え、神様に新宮へお遷りいただくという、世界でも類を見ない制度です。
なぜ20年周期なのか?
20年という周期には、建築技術や祭祀作法が、書物ではなく「実践」を通して確実に継承されるという特別な意味があります。
世界の多くの宗教施設では、「古い建物を残すこと」=「価値を守ること」と考えられています。
しかし伊勢神宮では、新しく建て直すことこそが、最も正統な継承とされています。
これは、日本人の時間観、自然観を象徴しています。
永遠とは、止まることではない。
続くとは、変わり続けること。
この思想は、現代社会が直面する課題に対しても、重要な示唆を与えています。
伊勢志摩の魅力②:日本人を魅了して来た伊勢神宮について
江戸時代、伊勢神宮は「おかげ参り」と呼ばれる人口の約5分の1人々が訪れる空前の巡礼ブームを迎えました。
身分制度が厳しかった時代に、人々は私財を投げ打ち、時には無断で旅に出てまで伊勢を目指しました。
なぜ民衆に受け入れられたのでしょうか?
本来、伊勢神宮は皇祖神を祀る、天皇家のための極めて特別な場所でした。それにもかかわらず民衆は伊勢に惹かれました。
理由の一つとし考えられるのは、伊勢神宮が「誰かを排除する宗教」ではなかったことです。信仰の強制も、教義の押し付けもありません。
ただ、感謝し、清め、自然と共に生きるという姿勢がありました。この姿勢は、庶民の生活感覚と深く結びついていたのです。
伊勢神宮を訪れた多くの日本人が口にするのは、「特別なことはないのに、心が整う」という感覚です。
派手な装飾はなく、森、砂利、木、川といった自然の要素が中心です。
そこには、「こう考えなさい」というメッセージはありません。
代わりに、静かに自分と向き合う時間が流れています。
日本人にとって伊勢は、自分たちの価値観の原点を再確認する場所と言えます。
伊勢志摩の魅力③:美しい自然環境と人との関わり合いについて
伊勢志摩は、古代から「御食国(みけつくに)」として知られてきました。これは、皇室や神々に食物を提供する特別な地域を意味します。
海に囲まれ、山が迫る地形は、海の恵みと山の恵みの両方をもたらしました。魚介類/海藻/米/野菜/木材などこれほど多様な産物を持つ地域は、日本国内でも非常に稀です。
また伊勢志摩の自然は、「手つかず」ではありません。人の手が入り、管理され、育てられてきました。それでも自然が豊かであるのは、人が自然を消費の対象としてではなく、共に生きる存在として扱ってきたからです。
伊勢志摩国立公園の最大の特徴は、人が暮らす場所そのものが国立公園に含まれている点です。
多くの国立公園では、人の居住や産業は制限されます。
しかし伊勢志摩では、里山や里海、集落、漁村が景観の一部です。これは、「自然と人の関係そのものが価値である」という考え方を示しています。
伊勢志摩では、人は自然を支配する存在ではありませんし、自然から隔絶された存在でもありません。人は自然の一部として、その循環に参加する存在だと考えられてきました。森を育て守る事によって海との循環をさせ、海の恵みを守るために漁を調整する。
こうした行為は、信仰と生活が分離していない証であると言えます。
最後に、
伊勢神宮を中心とした伊勢志摩は、過去の遺産ではありません。今もなお、私たちに問いを投げかけています。
何を残し、何を変えるのか?自然とどう向き合うのか?社会全体の幸せとは何か?
伊勢志摩は、明確な「答え」を与えてくれないかもしれません。但し、考えるきっかけを静かに与えてくれると思います。
伊勢志摩を訪れて、すべてを理解する必要はありません。
ただ、静かな森の空気、水の音、時間の流れの感覚それらを感じていただければ十分です。
伊勢志摩は、信仰を強制しません。
しかし、訪れたあなたにきっと深い余韻を必ず残し続けると思います。それこそが、私がインバウンドゲストに伝えたい、伊勢志摩の本当の魅力です。
ガイド育成研修を通して学んだこと
ガイド育成研修では多くの事を学んできました。ガイドとして必要なスキルと知識を保有することは重要ですが、その中で特にゲストとのエンゲージメントをツアーの最初から維持し続ける事の重要性とその実践の難しさです。
ツアー行う地域や対象物への知識については、確かに講義などの座学や書籍などから吸収する事は可能ですが、エンターテイナー的な要素を持ってゲストの意向を汲み取りながら行う事は、難易度が高いです。その意味でグループでの実践研修やモニターツアーでの経験は、自分に不足している要素を明確にしてもらえ、自覚出来るまたとない機会となりました。
特にハイエンドのゲストへの対応となると、ゲストからの期待値も高く妥協される余地もなくなると思いますので、今後のツアーガイド業務での経験を積み重ねていく中で、ゲストへのエンゲージメントについて特に意識していきたいと思います。
伊勢志摩のガイドをしてみたい人へのメッセージ
インバウンドゲストが求めるものを察知し、それに応える気概が必要なことは言うまでもありません。
しかし、何故伊勢志摩なのか? 自分の経験に基づいて自分なりに説明できる得意分野があると良いと思います。
ゲストは単に知識だけを求めているのではなく、ガイドの「人となり」に注目もしています。
自分なりの感じ方、捉え方を踏まえて、現状オーバーツーリズムが起きていないオフ・ザ・ビートン・トラックである伊勢志摩の魅力を堪能してもらえると思います。


