私が見た福島沿岸部の今 Vol.16

福島の今

日頃外国人をガイドしていると”FUKUSHIMA”について尋ねられることがあります。
しかし、日本人でも福島県の浜通り(沿岸部)に足を運ばれている方は少ないのが実情です。
また、現地に訪れたとしても人の捉え方は様々です。

この度、ガイドとして活躍される方々に福島に足を運んでいただき、現地の様子をレポートいただきました。
複数の方の目線を知ることで、多面的に「FUKUSHIMAの今」を感じていただければと思います。

シリーズ第16回目の更新です。
(シリーズはこちらから)

=====

筆者紹介:

夏目宗子

2017年より通訳案内士として、主に都内walking tourを担当。
フクシマを体感したいと思いつつ、なかなか一歩が踏み出せず、今回のツアーに参加させていただきました。

=====

まず出発前に渡されたガイガーカウンター。放射線を測定するものですが、初めて手にした私は、イヤホンガイドと勘違いする有り様でした。
沿岸部を走り最初に目についたのは、立ち並ぶプレハブの建物。ホテルとは名ばかりの、作業員のための宿泊施設です。
ショッピングモールに立ち寄り、浜鶏ラーメンをいただきました。
冷たい雨の日でしたので、ホッとする美味しさでした。

隣接するスーパーでは、お惣菜やお酒が多く、食材が少ないのが印象的でした。
いかに、単身赴任のホテル住まいの作業員が多いことか。彼らの寛ぎの場は、どのくらい確保されているのでしょうか。
バスは立ち入り禁止区域を通り、大きなケーズデンキの看板が目に入ります。
震災翌日が開店予定日だったこと、翌日の避難命令後、店内の商品がごっそり盗まれてしまったことに、言葉を失います。
富岡町では、同じ住宅街でも、帰還困難区域と避難解除区域が混在しています。
住民は戻らなくても、立派な桜並木は、毎年忘れずに満開の花を咲かせます。
富岡高校は休校となりましたが、バドミントンの強豪校であり、大活躍中の桃田選手の出身校であることは、嬉しい驚きでした。

楢葉町には、町民憩いの場となる交流館があります。
高齢化、過疎化が進む日本の町興しのモデルとなることでしょう。
Iターンの若者が活躍する姿は、微笑ましい限りです。
宿泊先のJ Villageは、聖火リレーのスタート地点になります。スポーツ合宿の拠点として、ますます賑わいをもたらすことでしょう。
波江町では、JRがまもなく再開通するため、駅舎の改築が急ピッチで進められていますが、 駅前商店街は、ひっそりとしています。それでもプレハブのマルシェでは、B級グルメなみえ焼そばや、地酒を味わうことができます。
焼そばは麺が太く、食べ応えがあります。地元の方々にも人気のお店です。

また、トルコ桔梗を栽培している花卉農家さんにもお会いしました。
トルコ桔梗の花言葉は「希望」。東京オリンピックのビクトリーブーケにも採用されることになりました。
ふるさとへの愛着に溢れる人々の尽力により、町は少しずつ活気を取り戻しています。

こうして、ようやく自分の目でフクシマを見ることができました。

放射線の測定値は、東京でのそれと全く変わりません。拍子抜けする程でした。
現地に直接足を踏み入れ、現地の美味しいものを食べ、訪れなければ絶対に会うこともなかった人と、ほんの一瞬でも言葉や笑みを交わすこと。
こんな何でもないことを、一人でも多くの方々と共有できますように。

コメント

タイトルとURLをコピーしました