30年以上に渡り、国内外のあらゆるお酒に関わる仕事をしてきたJWG現役通訳ガイド・岸原さんをゲストライターにお迎えし、外国人に教えてあげたい、日本の様々なお酒のいろはをお届けするシリーズです。
【ガイドライター】
岸原文顕(きしはら ふみあき)
ソムリエ(日本ソムリエ協会)、H.B.Aカクテルアドバイザー、全国通訳案内士
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30年以上にわたり、国内外の様々な酒類のマーケティングや商品開発に従事。世界3大ビールブランドや洋酒類のブランドマネージャーを歴任。
居住したカナダ、香港、上海を拠点にして世界各地の飲食文化に触れ、2017年から京都に居住し、日本各地や世界に向けてクラフトビールの魅力を発信しつつ、未来型のビール文化の創造に取り組む。
現在は、グローバルマーケティング・リサーチの仕事を通じてNIPPONの素晴らしいブランドの海外展開に挑戦中。
日本の「蒸留酒」について、前回はウィスキーを紹介しました。いよいよ今回は、世界が注目する「ジャパニーズジン」についてお話しします。
1.ジン、その歴史と独自の魅力
無色透明の蒸留酒のなかではもっとも個性的な香りと芳醇な味わいをもつのがジン。穀類由来のニュートラルなスピリッツにフレーバーを加えて再度蒸留して造ります。その独特の香味は、おもにジュニパーベリーや柑橘類の皮、コリアンダーなど伝統的なボタニカルが由来です。ジンの原型はジュネヴァと呼ばれる蒸留酒で、16~17世紀のオランダに起源がありますが、世界的に人気が高いタイプはロンドン・ドライジンです。
「ロンドン」という地名が入っていますが、18世紀のロンドンにはジン酒場が6000軒もあったそうで、ジン飲酒に溺れてしまう庶民が続出、「ジンクレイズ(狂気のジン時代)」と呼ばれました。悪魔の酒のように呼ばれた一方で、庶民だけではなく王侯貴族にも愛飲されたのがロンドン・ドライジン。
理由はその香りと味わいです。香りの中心になるジュニパーは古代からの治療薬。14世紀にペストが蔓延した際にも特効薬でしたが、特長は独自のみずみずしい松の木の香り。それに、コリアンダーの澄んだレモンのような香りや、アンジェリカのほのかな木の香りも加わってなんとも魅惑的。砂糖を加えないので、飲み口はすっきり辛口。カクテルの王様ドライマティーニのベースとして使われ、その洗練された香りと味わいゆえに、ジン以外は飲まないという愛好者もいるくらいひとを虜にするのです。
大西洋を渡ったアメリカでは時の大統領たちをも魅了し、ローズベルトはドライマティーニを愛飲し、ジョンFケネディはジントニックがお気に入りだったそう。
かの酒豪のヘミングウェイは、「ドライマティーニを飲めることは、男であることの証明のひとつである。」と語っています。ジンを飲むことは、洗練された大人としての自己表現なのですね。
2.世界のジンの潮流と、和のクラフトジン
近年、クラフトビールの世界的な成功に続きクラフトディスティラリーが続々と誕生しています。革新的な造り手たちが、多大な労力をかけて様々なボタニカルを調達し、蒸留技術を屈指して独自の酒造りをする結果、ジンは多様性を楽しむ新しいお酒として進化しているのです。
そしてまさに今、“From Japan”のクラフトジンが世界で絶賛されています。どういう背景や理由があるのでしょうか?
「季の美」ブランドで世界的な品評会で数々のメダルを受賞し、世界から注目を浴びる日本初の専業のクラフトジン蒸留所・京都蒸留所のテクニカル・アドバイザー大西正巳さんにズバリ質問しました。
ジャパニーズジンの成功の理由を、大西さんはジンの歴史を踏まえて端的にこう語ります。
「オランダ人が先鞭をつけ、イギリス人が洗練し、アメリカ人が栄光を与え、そして日本でおいしさの世界を広げたから。」
すなわち、これまでのジンの固定概念を覆すような香りやテイスト、独自の香味設計能力が世界に認められたから、と言います。それは、造り手からの一方的な発信ではなく、世界のジン好きが「自由な心」で受け止めたことで起きた、双方の共同体験だったのです。
ロンドン・ドライジンならぬ京都・ドライジン、それが「季の美」。
開発の際のこだわりは、京都らしさ、プレミアム、クラフトマンシップの3つを体現すること。
中味は繊細でまろやか、そして雅(みやび)であること。味わいの美しさを表現するために参考にしたのは、淡くきれいで雑味のない出汁で旬の素材の良さを活かす京料理の世界観。
ベースのスピリッツには最高級の米由来のものを使用し、香りの決め手になるボタニカルの中心は京都の素材。柚子、木の芽や生姜は綾部、紫蘇は大原の農家から、玉露や甜茶は宇治の「堀井七茗園」から直接調達している。厳選した11種類のボタニカルは6つのグループに分けて蒸留して素材の本来の良さを引き出す。あえて手間をかけて6つの100%原酒をつくる。
この6種類をいかにブレンドするのかは腕の見せ所。大西さんは、サントリー山崎蒸留所の工場長やブレンダー室長を歴任して世界の銘酒を産んできた酒造りの第一人者。理想のハーモニーを実現するのは大変だったが、最終的に京都らしい繊細でマイルドなものに仕上がったという。
最後に6つの原酒を伏見の酒蔵「増田徳兵衛商店」から都度汲んでくる仕込み水でブレンドしてから後熟させてびん詰め。“Farm to Bottle” 京都の畑からの恵みを一本のボトルに詰める、まさに文字通りの「畑からボトルに」です。
パッケージは、江戸時代から続く京都の唐紙屋「KIRA KARACHO(雲母唐長)」と組んで、香味を体現したたたずまいに。手間やコストを惜しまず、全てにこだわって生まれる個性そのものが「プレミアム」の証しとのこと。ブランドの背景にあるストーリーを聞くと納得します。
蒸留所では大きな装置は使わない。全てが目の高さに設置されており、日英チームの造り手たちが目・手・耳・鼻・口の五感を屈指して酒造りをする。栽培農家と一緒に収穫してきた柚子は使用後に廃棄せず、バクテリアで自然発酵させて産地の綾部まで車で運び、農家で肥料として使ってもらう。蒸留所内での工程だけでなく、京都という地域社会でこのようなサステナブルな好循環を創っていくこと、そこまでやるのがクラフトマンシップなのですね。
「季の美」は、外国からのジン好きのゲストには、カクテルはもちろんですがそのままの繊細さを感じてもらったり、水割りやお湯割りで和食とのペアリングを試してもらいたいものです。
3.造り手の想い、NIPPONの酒文化の未来
不易流行。京都の価値は「伝統と革新」と表現されるが、これは、酒造りにも通じると大西さんは言います。洋からの学び、伝統の再発見、その上に独自の領域を創りあげ、さらに究極のおいしさを目指して挑戦を続ける。そのことが結果として革新につながり、やがて神話になる。賞を取ってひと儲けしようという野心ではなく、ひとりの造り手として信念を曲げずに純粋な心で自身の世界観を「作品」として提示すること。「酒は人也(なり)」。酒に人が現れるという点では全ての酒造りにおいて共通で、同じ志をもった造り手たちがお互いを高め合う、それこそが日本が世界に誇るべき「酒文化」だと大西さんは熱く語ります。
世界に向けてNIPPONの酒文化の未来は輝く!! 間違いない、そう確信しました。
~付録~
「季の美」の世界観が体験できるブランドハウス「季の美House」
これまで、7回シリーズで日本の酒についてお話してきました。いかがでしたでしょうか? 今後は、酒造りの現場や原料栽培地を取材し、皆様に記事をお届けします。お楽しみに!
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