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9月秋分号の答え

秋の七草のうち、松尾芭蕉が俳句に詠んでいないものはどれでしょう?
正解は ③

ガイドの皆様には易し過ぎましたか?

今回のクイズは秋の七草。秋の七草といえば、『万葉集』で山上憶良が詠んだ二種の歌が由来と言われています。
「秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花」
「萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」

すなわち、秋の七草は「萩の花、尾花(すすき)、葛(くず)の花、撫子(なでしこ)の花、女郎花(おみなえし)、また藤袴(ふじばかま)、朝貌(あさがお)の花」で、「朝貌」については諸説ありますが、現在では桔梗(ききょう)が定説です。

春の七草が七草粥にして無病息災を祈るものに対し、秋の七草はその美しさを愛でるもの。
そのため、古来から多くの和歌に詠まれてきました。和歌を思い出しながら野山を歩くと、昔の人々と時を隔てて同じ気持ちになれます。それでは今回は、江戸時代の俳人で数多くの句を残した、松尾芭蕉の俳句から、秋の七草の句をご紹介しましょう。

秋の七草の代表格、日本庭園にも欠かせない萩

ピンクや紫、白の小さな花が、低くしだれた枝にうっそうと咲き誇っているのを見ると、秋の盛りという気持ちになります。萩はマメ科の低木樹で、『万葉集』の時代から日本人に愛されてきました。花言葉は「思案」「内気」「柔らかな心」「柔らかな精神」。しなやかな枝が揺れる萩のたたずまいは、もの思いにふけるようで、女性らしさも感じさせます。
秋の七草の代表格でもある萩は、多く和歌や俳句に詠まれており、芭蕉の詠んだ句だけでも10句はあります。中でも、みなさんご存知なのはこちらの句ではないでしょうか。
「一家に遊女もねたり萩と月」
『奥のほそ道』市振の宿での一句。親知らず子知らずなどの北国の難所を乗り越えて、早々に床についた芭蕉と曾良の耳に聞こえてきたのは、ふすまを隔てた隣の部屋の遊女の会話。越後の国新潟を出て、伊勢にお参りに行く道中らしく、「白波に漂うようなよるべない人生なのは、前世の業の報いなのか」などと嘆いています。翌朝、遊女たちに「心細くおぼつかないので、見え隠れにも後ろからついていってもいいですか」と頼まれますが、不憫だと思いながらも芭蕉は断ります。出家した世捨て人の芭蕉が彼女たちを伴って旅をすることはできないのです。
哀れを誘う遊女の色香と、清澄な秋の月。萩を遊女、月を芭蕉と解釈するのはいささか単純すぎますし、芭蕉もそこまで尊大ではありません。清らかな秋の月の、仏のような慈愛が、野に咲く萩の花にも、芭蕉と遊女の宿にもひとしく降り注いでいる光景。『奥のほそ道』では異色の色模様の句ですが、実はこの句、芭蕉のフィクションという説もあります。はたして遊女たちは実在したのか、本当に涙ながらに同行を懇願したのか。また、フィクションだとしたらなぜ芭蕉はこの句を詠んだのか?いくら考えても飽きないですね。

おみなえし

日当たりの良い山野で可憐な花を風に揺らせる、おみなえし

たくさんの黄色い小花を咲かせたおみなえし。その可憐な姿は「万葉集」の時代から人々に愛されてきました。名前は諸説ありますが、「おみな」は「女」の意、「えし」は古語の 「へし(圧)」で、 美女を圧倒する美しさから名付けられたとも言われています。また、昔はもち米の白いご飯を男性が食べていたので男飯と呼んでいたことに対し、女性は黄色い粟のごはんを食べていたので粟飯を女飯と呼んでいました。黄色い粟飯とおみなえしの花が似ていることから「オンナメシ」が「オミナエシ」に転じたとも言われています。

「見るに我も折れるばかりぞ女郎花」
芭蕉が18歳から29歳頃に詠んだと言われています。僧正遍照の歌「名にめでて折れるばかりぞ女郎花われ落ちにきと人に語るな」を下敷きにしたもので、おみなえしの花を見ていると私も折れてしまうという俳句。折れるとは、「まいった、降参した、魅惑された、負けた」などという意味。おみなえしがふくむ艶っぽさによろめく男心を感じさせます。芭蕉にも女性に「折れそうになる」そんな時代があったのでしょうか。
「ひょろひょろと尚露(なおつゆ)けしやをみなへし」
『更科紀行』に登場する句です。「露けし」とは、「露が多く置いている」「つゆっぽい」あるいは、「涙がちであるさま」の意。おみなえしは茎が華奢で風によく揺れ、ひょろひょろと頼りなげに見えます。さらに秋雨や朝露に濡れながらも、黄色い花を咲かせているその風情は、なおいっそうけなげにいじらしく感じられるもの。
『更科紀行』といえば、芭蕉は45歳ごろ。二つの句を見比べると、芭蕉の心情の変化が伺えますね。

桔梗

正解はこちら!可憐な紫の花、桔梗は芭蕉には詠まれなかった?

夏から秋にかけて、きりりと星型の花弁を開かせる桔梗。紫色が印象的ですが、白もあります。花言葉は「永遠の愛」「気品」「誠実」「従順」。恋人を生涯待ち続けた、若い女性に由来すると言われ、きっぱりとした真の強さを連想させる花です。
さて、芭蕉の句の中で、桔梗を詠んだ句を探してみたのですが、残念ながら見つかりませんでした。芭蕉の心には桔梗の美しさは響かなかったのでしょうか?※私のリサーチ不足かもしれませんので、芭蕉が桔梗を詠んだ句を見つけたらぜひ教えてください。
代わりに、他の俳人が詠んだ句をご紹介します。

「きりきりしゃんとして咲く桔梗哉」 小林 一茶
「紫のふっとふくらむききょうかな」 正岡 子規


どちらの句からも、桔梗の風情が感じられますね。
桔梗もまた『万葉集』の時代から長く愛されてきた草花です。
また、桔梗といえば、明智光秀の家紋が桔梗紋であることも有名ですね。

すすき

一面のすすきが原に、親しい人の死を想う

萩や紅葉が秋の華やかさだとしたら、すすきは秋の物悲しさを象徴する植物と言えるでしょう。すすきはイネ科の多年草で、種類によって丈は2メートルに及びます。綺麗な花が咲くわけではありませんが、日本人は『万葉集』の時代からすすきを愛で、月見の宴の主役にしています。すすきの醸し出す無常感は、いかにも日本的ですね。
芭蕉の句でも、すすきは無常感をかきたてる印象的な役割を果たしています。
「何事も招き果てたる芒かな」
貞亨年間(41歳~44歳)頃までの作で、『続深川集』より。
毒海長老という人の葬儀が終わった後に詠んだ句だそうです。「毒海長老、我が草の戸にして身まかり侍るを葬りて」とあるため、芭蕉はこの毒海長老を介護し看取ったのかも知れません。
葬儀の後、芭蕉の目の前に広がる一面のすすきの原。すすきが風に揺れる姿は、人を招いていると言われていますが、すすきの原は風もなく静まり返っています。まるで「もう何もかも招き寄せてしまった」とでも言うかのように、長老もまだ芭蕉をあの世に呼んではくれません。寂しさと空虚を抱えた芭蕉が一人、取り残されたようにすすきの原にたたずむ姿が目に浮かびます。

いかがでしたか?
秋の七草残りの三種は、こちら。どうぞ見つけたら目に留めてみてくださいね。

くず
ふじばかま
なでしこ

秋の京都をご案内したい人に
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